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名古屋地方裁判所 昭和48年(モ甲)707号 判決

申立人

株式会社岡本

右代表者

岡本銑一郎

右訴訟代理人弁護士

小倉紀彦

被申立人

槌田正男

右訴訟代理人弁護士

日野和昌

右輔佐人弁理士

丹羽宏之

主文

本件申立を却下する。

訴訟費用は、申立人の負担とする。

事実《省略》

理由

申立の理由第1項は当事者間に争いがない。

そこで、本件において申立人主張のような特別の事情があるかどうかについて考えるに、被申立人か申立外東光紙業株式会社に本件意匠権につき専用実施権を設定していることは当事者間に争がないが、このことをもつて、本件意匠権が侵害されているとした場合に被申立人が蒙るべき損害は結局において右の実施料に相当する損害であつて金銭的補償の可能なものと速断することはできない。すなわち、本件仮処分における被申立人の被保全権利は本件意匠権に基くその侵害によつて生じた損害の賠償を求める損害賠償請求権であるのみならず、これとともにその侵害の停止、予防を求める差止請求権、そして、又は、その侵害による信用毀損の回復を求める信用回復措置請求権と解されるところ、一般に、意匠権を保護するため、わが意匠法が、単に事後における損害賠償を認めるのみならず、同時に、意匠的型によつて表わされている知的所産たる考案そのものを事前に、かつ、即時に保護しようとしてそれに対する侵害の差止を認めており、また、事後についても金銭賠償のみで侵害からの救済が不完全な場合のあることを慮つて信用回復の措置をも特に配慮していることは同法の規定上明らかであるから、前記の諸請求権を被保全権利とする本件仮処分にあつては、特段の事由のないかぎり、事後における金銭的補償によつて本件仮処分の終局の目的を達しうるとみることは困難であると解されるところ、本件にあつては、本件意匠権につき前記会社に専用実施権が設定されているとの事情が主張されているだけであり、これについては前記のとおり当事者間に争がなく、従つて、なる程、(仮定的にではあるが)そのことは少なくとも実施料相当の損害を被申立人に蒙らせることになることを首肯させる事情になりえてもそれのみで本件考案に対する侵害の即時差止の必要をなくす事情となりえないことは多言を要せず、他に右の特段の事由のあることの主張はないし、かえつて、〈証拠〉によると、前記申立外東光紙業株式会社は被申立人を代表取締役とし、その妻等を他の役員とする被申立人のいわゆる個人会社とみられるべき各種紙製品の販売等を目的とする小規模な会社で、本件仮処分が取消されるときは同会社の償い難い信用毀損ないしは倒産をひきおこすおそれがないとはいえないこと、これはひいては被申立人に対し事後の金銭賠償によつては償うべからざる損害を与えるおそれなしとなしえないことが認められるのであり、以上からすると、本件において、被申立人の蒙るべき損害が、結局において専用実施権の実施料に相当する損害であるとみることは困難であり、これにつき、金銭的補償が可能であるということもできない。

従つて、本件申立は理由がないことになるから、これを却下することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(海老塚和衛 小林真夫 岡村稔)

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